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で、着物の丈をたくし上げてお端折りを作り、腰で締めた帯である。本帯を締めたあとでそのすぐ下側に締めた。腰帯は下紐ではなく、絵で見ても外から見える帯である。したがって多少装飾的な面も持っていたようである。腰帯は外出用着付けの最後のスナップの一つであり、これを締めると準備も整い、腰の辺が生き生きとして来るというのである。現代のタイトスカートの腰の線のような、一種きりっとした色気が絵でも見られる。女性の外出は、当時現在ほど安直ではなかったことにも留意したい。外出前の軽い興奮と緊張感が伝わってくるような句である。
古句は刺激的な句よりも、このような日常的なものに味わいの深い句が多い。と同時に、さりげないことばに難語が潜んでいることがあるので、注意が必要である。
腰帯を締めて一足歩いて見 明和三
1 大たばに褄をとるのは中の丁 三十
2 褄を取る事は遣り手は止せばいい 幸々
前項に関連の句である。1、吉原の遊女は屋外である中の丁の道中にも腰帯をしなかった。だから褄を大げさに取って歩いた。腰帯はやはり色っぽくなかったのであろう。2、それを真似て遣り手まで褄を取って歩くことは止めてくれよ、というのである。
初物が来ると持仏がちんと鳴り 一
「持仏」は居間の仏壇。初物が到来したので、仏壇に上げて鈴をちんと鳴らす、とそれだけの句であるが、こういう句もそろそろ分かり難くなって来ている。仏壇のある家が少なくなってしまった。都市の手狭なマンション生活では、仏壇の置き場所にも苦労する。江戸時代には、仏教はずっと庶民の生活に密着していた、、旅をしたりするにも旦那寺の証明書が必要だったのである。とくに信心深い家庭の句というよりも、極く普通に行われていたことと考えたい。
初物を手向け持仏でチインチン 一五二
1 役人の子はにぎにぎをよく覚え 一
2 役人の骨っぽいのは猪牙に乗せ 二
現在の世情のみでなく、江戸時代にも悪い役人は嫌われていた。1、「にぎにぎ」は賄賂を「握る」を匂わせると解されている。2、「猪牙」は当時の遊郭・吉原行きの快速船で、さしずめ遊所行きのハイヤーである。尋常のもてなしではうまく行かないので「抱かせる」ことになる。当時はそれなりに出版規制がうるさく、当局を誹謗するような作品は出版出来なかったのであるが、少数の句はこのような形で残っている。なお、1句は改版の際、削除改作されていることを申し添えておく。当局への遠慮かららしい。

 

 

 

 

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